脱力

日中、仕事をしている時はいろいろ思うのです。アレをやろうコレをやろうと。でも仕事が終わって家に帰り、一度でも腰を下ろして一息ついてしまうともう、何もしたくなくなるのです。

なんだろうな、最近はかなり気力が失せています。少し前にも愚痴口書きましたが、なんだかんだその状態が今も続いているのです。

7月か・・・

もう、今年も半分が過ぎたのか・・・

苗字

前にも書いたことがあるかもしれませんが・・・
(書いたような書いてないような、覚えてないんですよスミマセン)

普通は自分自身のことを、男なら俺とか僕とか言いますよね。
女性なら私とかあたしとか、中には名前で言ったりとかしますよね。

その女性は、自分のことを苗字で言うんですよ。
「私は・・・」がではなく「(苗字)は・・・」

これ、文字ではその可愛さが伝わらないかもしれません。
でも実際その言い方を聞くと凄く可愛く聞こえるんですよ。
言ってる本人は普通の人で、不細工ではないですがとくに可愛くもありません。
それがなぜか、一人称に苗字を使うだけでものすごく可愛くなる不思議。

苗字にもよりますが、これはちょっとした発見でした。

嘘か本当か

Aという知人がいます。顔見知り程度の仲で、遊んだりといった個人的付き合いはまったくありませんがまったく知らない他人ではない。そういう距離の知人です。

先日、Aは俺に自分の半生を簡単に語ってくれました。それはいろんな意味で凄いものでした。しかしAの語る半生を、Aをよく知る知人Bは嘘だといって信じませんでした。B曰く「あいつは昔から、にわかには信じられないことを言う時があった」と。

俺の目に映るAは、嘘を平気で語れるような人ではありません。しかしBはそんなAを昔から知る人であり、B自身むやみに人を嘘つき呼ばわりする人ではありません。

確実なのは、この半生の話に限ればどちらかが正しく、どちらかが正しくないということ。

正直Aの語る半生が信じがたいのは事実です。だから冷静に考えれば信じられるのはBです。ただ、信じたいのはAです。

いくら考えてもどうにも答えは出せないでしょう。Aの語る半生の裏を取ろうと思えば取れるかもしれません。しかしそこまでするべきかどうかと言えば、するべきではないと思っています。たとえそれが嘘であっても俺に害が無い嘘なら暴かなくてもいいだろうと。

俺は黙って信じればいい。誰かが語る、ごくありふれた昨日の出来事を信じるように、Aの言う信じがたい半生を信じればいい。

こういう考え方を納得できないという人もいるかもしれませんが、俺はこれも対人関係におけるスキルのひとつだと思っています。

ぼーなすー

ボーナスが出ました。いつもは半分実家に入れて、もう半分を自分の口座に入れています。で、自分に入れた半分の中から少しを何らかの楽しみに使っています。

でも今回は、先月のマイナスがでかすぎてまったく使えません。全額貯金です(泣

バカラのグラスがほしいとか、XBOXがほしいとか、もう数年前からボーナスのたびに同じことを言いつつ結局どれも買わずにいましたが、今回はそれすら言えません。そしてもちろん買えません、買いません。

まあ先月は仕方がなかったと思っています。月初めに服やらを買い、突発でディズニーがあり、そのあとは美容院で夢の髪を手に入れて。普段とは違う金のかかるイベントがさすがに多すぎたですよ・・・。

で、普通に友達と遊んだり、馬券録で負け続けたり、メイド喫茶に通ったり。そりゃあマイナスもかさむよな・・・。

結局なにが言いたいかというと、ボーナスもらったけどあんまテンション上がりませんでしたと、そういう話。